壁ウォッチャー
こんにちは。池袋訓練生Hです。
ゴールデンウィークは楽しめましたか?
今年は十連休という事で、
皆さんそれぞれ思い思いに趣味を楽しまれたと思います。
私も趣味を思う存分楽しみました。
ありがちな趣味でお恥ずかしいのですが、壁を眺める事です。
壁ウォッチャーの中には外壁を楽しむ人も多いようですね。例えばこんな人。
深編笠をかぶり尺八を吹き足元にお椀を置く。
そして、虚ろに人と心を透かして壁を眺める彼ら。
壁ウォッチャーでもかなり上級だと思います。
ビルの陰に座り足元にワンカップのびんを置く。
そして酩酊しながら、過ぎた人生に思いをはせ、
すぎる雑踏の白黒の足に透ける床を眺める床ウォッチャーなんてのもいます。
彼らもまた異種目ながら尊敬すべき方々です。
私は部屋壁ウォッチャーなので主に部屋の壁を眺める、
もっともノーマルなタイプの壁ウォッチャーです。
今ではすっかり鈍ってしまいましたが、昔は壁を眺めるために青春を費やしました。
あの日、道を踏み外すまでは。
ふと魔が差したのです。「この壁に珈琲をかけたらどうだろう?」と。
そして、私は西日に照らされたお気に入りの壁に珈琲をぶちまけたのです!
しかもケニアの挽き立てのいいやつを!
それはあくまで自らと対象が対等であり、
不可侵な距離を置くことを良しとする壁ウォッチングにおいて邪道でした。
他の壁ウォッチャーとは話す機会などは無いですし、ルールすら聞いたことがないです。
そもそも壁ウォッチャーは人に興味を示すことが少ないので、自意識過剰と言ってしまえばそれまでなのです。
しかし、邪道だという自責の念を抱きながら、
それはもう止められず、ついには醤油にまで手を出してしまったのです!
そして、ただ壁を液体で黒く汚し、
それが滴るさまを呆然と眺めるという生活を私は3年ほど続けました。
純白だった壁は香ばしいにおいを漂わしながら、どす黒く小柄な人の様な形に成長していました。
ちょうど去年の今頃、
体を壊した私は頻繁に金縛りに襲われるようになり、
常に隣の部屋からする微かな声を聴きながら、揺蕩うような、殆ど寝たきりの生活におちいっていました。
壁ウォッチングのことも忘れていました。
私は夢現で天井を眺めていたのです。記憶は混濁し冷静な視点を必要とするウォッチャーとも言えないありさまでした。
そしてまたいつものように日が暮れていくのです。
その日の夕日は美しすぎて、もう堪えられませんでした。
「私を置いていかないでくれ」ともぞもぞ布団から這い出し、
喘ぎながら窓のロックを開こうとすると、いつもより大きな声が隣の部屋から聞こえてきたのです。
ふと目そちらに目を向けると、黄金色に照らされたベージュと黒のまだらの壁から声がするようでした。
なぜか温かい気持ちでゆっくりと頬ずりをするように、壁に耳をつけ目を閉じました。
そうしたら聞こえてきたのです。スピッツの楓が。
そしてその醤油の香ばしい匂いに私は恋に落ちたのです。