このたび就労が決定し、さら就労塾を卒業することになりました、N.Nです。
私は小学3年生のころからASD/ADHDを持っていて、病院で薬を処方してもらっていました。周りの人たちからは“変わったヤツ”と言われていました。相手の気持ちを考えていない発言をすることが多く、知らぬうちに嫌われている、なんてこともしょっちゅうでした。
顕著になったのは大学生になってから。趣味に没頭して、学業がおろそかに。しかもその趣味を通学していると嘘をついてまで行っていたり、通院日を忘れて遊びに行ったまま深夜まで帰ってこなかったりなど…。結果、留年してしまい、両親には怒鳴られ。ここで、おなかが痛くなることが多くなりました。胃腸科に行った結果、過敏性腸症候群という、胃腸がストレスに弱いことが発覚。この時は通学することが嫌で嫌でしょうがなかったのだと思います。8年間この状態が続き、卒業は厳しいとのことで大学を中退することに。
その後は、アルバイトを月2回程度行いながら、実質1年間の自宅療養をしていました。ここで、現在の主治医から“就労移行支援のさら就労塾”という言葉が。当時は乗り気ではなかったが、両親に言われ、しぶしぶ調べてみることに。ここで初めて“就労移行支援事業所”の存在を知りました。
さら就労塾に入所したのは、2024年4月。初めのころは、まともに通所することもままなりませんでした。通所率は、なんと19%しかなく、通所できても遅刻と早退だらけ。通所しようとしても駅のお手洗いに毎回こもり、腹痛と闘っていました。結果的に通所はしない、遅刻や欠席の連絡もしない、と社会人として、というより人間としてダメダメでした。正直、就職活動どころではなかったです。約8カ月、このような状態が続いていました。しかし、転機が訪れます。
2024年11月26日、さら就労塾の職員の通院同行ありで三者面談を行ったときのこと。ストレスをため込むのが原因で体調不良が頻発していたことが分かりました。どのように対策をするか考えた結果、「自分自身の負担だと思ったことをとにかく吐き出す」ことがストレス激減につながることが分かりました。これを実践するようになってから、自身の体調は一変します。
なんと翌月、通所率100%を達成したのです。嫌なことがあったら親やさら就労塾の職員にすべて相談するようになったのです。自分は嫌なことを一人で抱え込むことが一番のストレスになるのだな、と“理解”したのです。
その後は約2か月間、通所リズム安定のために訓練。寝た時間、服薬したかどうか、飲酒の量など、とにかく細かく“可視化する”ことにしたのです。これが大成功でした。私は【目に見えた成果があるとやる気につながる】タイプでした。
通所も安定したところで、2025年3月、ついに就職活動へ。ここで、いかに自分のことを理解していないかが分かりました。自身のことなのに、履歴書を書こうとしても全く言葉が出てこない。面接練習に至っては質問とは全く違う回答をしてばかり。心が折れそうになることが何度もありました。しかし、職員はすべて相談に乗ってくださりました。そのおかげで、私は七転び八起き。あきらめずに就職活動を続けられました。そして…
忘れもしません、2025年12月9日、面接を受けた会社から内定の電話が。嬉しすぎて泣きそうでした。学生時代、あの状態だった自分が、就労決定。人間はあきらめなければ何とかなる、その言葉を人生の中で一番強く思った日でした。
私はさら就労塾に1年9カ月の通所となりました。この時間は一生忘れることはないと思います。職員にはいろいろご迷惑をおかけしました、本当にありがとうございました。私、今輝いています。